バクオン四方山話

【2011年12月14日】 エレキギターが好きなんです。

 

いやー早い!『いい音爆音アワー』も2年目に突入しました。益々(自分が)楽しくなってきたので、まだまだ続けますよー。ほんとは月一回じゃなくて週一回でもいいんだけど、そんなことしたらこれの仕込みのために会社の仕事をやる暇がなくなるので、我慢してます()。定年後は週一かもね。

さて今回のテーマは「ギター・ポップ」。前回が「リフ」だったので、ギター・リフの曲も多く、なんとなくテーマ的には近くなってしまうのですが、世の中いろんな楽器がある中で、一番好きな楽器は何かと言われたら、私はギターなんですよ。だからギターをフィーチャーした曲は好きなのがいっぱいあります。
ただ、私はドラムをやるんですが、なぜかギタリストになろうと思ったことはないですね。あくまでリスナーとして。大学の時にちょこっとフォークギターで「3フィンガー」とか練習したことはありますが、すぐ止めてしまいました。弾ければ聴き方ももっと深くなるかもしれませんが・・・。

特にエレキ・ギターが好きです。
エレキ・ギターとアコースティック・ギターとは別物と言ってもいいかもしれませんね。たとえば、エレキ・バイオリンだったらバイオリンの電気仕掛けバージョンに過ぎないけど、エレキ・ギターは独自の世界です。そして「エレキ」の力を使っていろんなことができるのが魅力です。メーカーや機種によって音の個性が違うし、組み合わせるアンプによっても音が違ってきます。エフェクター類を使うともうほんとに様々な音色を出せます。
とは言え、ギター自体はそもそも「弓」に行き着くというくらい大昔からある楽器ですから、どういう演奏ができるかはプレイヤーのテクニックと感性のたまもの。「エレキ」の力はそれを広げるだけです。プレイヤーががんばればどんどん可能性が広がるし、プレーヤーがダメならでダメさ加減が強調されます。プレイヤーの個性がいちばんはっきり出る楽器じゃないでしょうか。
この適度な科学技術と職人芸のバランスがいい感じなんですよねー。

エレキ・ギターのおかげでロック・ミュージックが生まれたと言っても過言ではないでしょう。その後にシンセやシーケンサーが出てきてテクノ・ミュージックが生まれるように、新しい楽器が新しい音楽を生むことがあるわけですけど、ロック・ミュージックの誕生は音楽史の中でも最大の事件だったんじゃないかと私は思っています。その立役者がエレキ・ギターなのです。

というわけで「ギター・ポップ」特集なんですが、当然、ロックの世界に広げるとキリがないので、今回はなるべくロックではない「ポップス」をいろいろ選んでみました。お楽しみいただければ幸いです。

いい音楽を爆音で。音楽の神様に対面する夜。

 

 

【2011年10月12日】 「いい音」って何?

先日、「『いい音楽』って何?」というテーマで書きましたが、今回は、じゃあ「いい音」ってなんだろう?について考えてみます。

「いい音楽」という概念は「おいしい食べ物」とかに似て客観的な基準はありません、と書きました。「いい音」になるとそれとはちょっと違って、周波数特性とかダイナミックレンジとか、一応物差があり、それがオーディオ機器の善し悪しの判断基準になったりもします。一般的には、周波数特性で高音も低音もまんべんなく出ているほうが、ダイナミックレンジ、つまり再生できる最小音量と最大音量の比率が大きい方が、「いい音」と言われます。

だけど、そうなんでしょうか?
ずいぶん前の話ですが、某オーディオ評論系雑誌に新譜CDを音質で評価するページがあって、布袋寅泰さんの『GUITARHYTHM』というアルバムが、酷い点がつけられていました。音が中域にギュッと固まっているので音質的にはダメということなんでしょうが、あの音楽の疾走感とか勢いを出すにはあのような音作りがフィットしていると言えます。小生は「悪い音」だとは全然思ってなかったので、その評価に違和感を感じ、だから記憶に残っているのです。

今ではそんなこともないでしょうが、ある時、アメリカのレコーディング・エンジニアに「日本のエンジニアは目で仕事をするけど、オレたちは耳でするんだ」と言われたことがあります。「目で仕事をする」とは機器のメーターなどを見て、音が歪んだりしないように調整するってことです。「レッドゾーン」に入ると歪む怖れがあると教わっているからです。だけど向こうのエンジニアはメーターなんか気にしません。耳で聴いてよければいい、と考えるのです。それが「耳で仕事をする」ということ。

周波数特性やダイナミックレンジといった数字で「いい音」かどうか判断するのと似ている気がします。数字的に「いい音」、理論的に「いい音」なんて意味がありません。音は聴いてナンボなんです。じゃあ「いい音」も「いい音楽」と同様、人それぞれなのかと言うと、そうではないと思います。もっと肉体的な部分で共通の感覚があると感じます。

小生はビートルズが大ヒットした要因のひとつに、レコードが「いい音」だったことがあるんじゃないかと思っています。あの当時の他のポップスに比べると、かなり音圧が高くて音もクッキリしていました。その新しい音楽と相まってまさに心に飛び込んでくる勢いが音に溢れていました。

レコーディングの作業で、エンジニアやプロデューサーやアーティストが、少しでも「いい音」になるように悪戦苦闘しています。そうしてできあがった音源を、携帯電話やPCの小さなスピーカーやせいぜいiPodで、「ながら聴き」をするだけではもったいないです。ミュージシャンの”王様”は「スピーカーの前で正座して聴け」と語っていますが、小生も賛同です。

ただ、「欲しいものを見せてあげなければ、みんなそれが欲しいかなんてわからないんだ」とスティーブ・ジョブズが言ったそうですが、「いい音を聴かせてあげなければ、みんないい音なんてわからないんだ」とも言えるかもしれませんね。

「いい音爆音アワー」で音楽を聴く喜びをより多くの人に、とくに若者に、伝えたいです。

【2011年10月12日】 追悼!Steve Jobbs

「巨星墜つ」という表現をたまに見ますが、10月5日、ほんとに巨大な星が、あまりに早く墜ちました。

スティーブ・ジョブズ氏は1955年2月24日生まれ。小生は1954年10月29日生まれ。日本流で言うと「同学年」なんですよねー。だから何?って言われると何もないんですが、国は違えど、同世代として、ビートルズの活躍やベトナム戦争、アポロの月面着陸なんかを少年の目で見て感じて育ってきたわけですから、勝手に親近感を持っていました。

初期のMacは高くて買えませんでした。50~100万円近くしましたからね。日本語に弱かったので仕事には向いてなかったし。でも知人の「plus」を少しさわってみて、全体のデザインのよさ、白黒ディスプレイなんだけど絵が簡単に描けてそのグラフィック表現能力が高いこと、「CHICAGO」フォントの美しさ(あれがMacのイメージでしたね)などなど、その時代の他のパソコンとは根本的に違うその存在に、とてもワクワクさせられた記憶があります。

ジョブズ氏は、そんな、人にワクワク感をもたらしてくれるようなモノやサービスを、いつも夢見ては実現させる、それが何よりも好きだったんでしょうね。
夢見ることは簡単だけど、実現させることはたいへんです。自分一人で完結できる、たとえば小説とか作曲というようなことならばともかく、大勢の人が関わるハード製品を、しかもMacのようなイノベーティブなモノを、自分が思うような完成度で実現するのは、ほんとにパワーがいることだと思います。
違う意見を持った人たちにも協力を得なければなりません。頑固な人もいるし性格が合わない人もいるでしょう。当然ぶつかることも多々あるでしょう。

創設者であるジョブズ氏が、Macの1号機を完成させたあとまもなく、経営を混乱させたとしてAppleを追われたのも、彼が自分の理想の実現に妥協を許さず、人とぶつかりまくったのだと想像できます。創設者を追い出したのですから相当だったんでしょうね。

でもジョブズ氏のそのパワーがあったからAppleの今日があるわけです。
ゼロックス・パロアルト研究所で見た、マウスを使ったGUIがMacの元になっていくわけですが、ゼロックス社はそんな先端技術を持っていたのにそれを活かせなかった。それを活かし、様々なハードルを乗り越えてMacという魅力的なモノに仕上げるのは、ジョブズ氏のような人がいなければ絶対無理だったと思います。

音楽制作や映画制作の世界でも同じことです。今までになかった楽しいものを作ろうという気持ちは誰もが持っているでしょうが、やはり人それぞれ考えは違う。ビジョンがあいまいだったり、意見の対立を妥協で解決したりしていては決していいものはできません。

いいものを生み出すために、みんなジョブズ氏のようにがんばっているか?こだわっているか?こだわらなければ音楽業界に明るい明日は来ないような気がします。

 

 


【2011年9月14日】 「いい音楽」って何?

「いい音楽」って言葉をしょっちゅう使ってしまうけど、何が「いい音楽」なのかと訊かれると困ってしまいます。

「いい音楽」という概念に客観的な基準はありません。人によっては評価基準があったりするかもしれませんが、共通認識はありません。聴く人がいいと思ったらそれは「いい音楽」。だからアメリカで1位の曲が必ずしも日本でも受けるとはかぎりませんし、逆に日本だけでヒットした洋楽も多々あります。

概念としては「おいしい食べ物」なんてのに似ているかもですね。誰もがよく使うけど、ひとそれぞれ。個人の感覚・感性によるところが大きい。たとえば小生はホタテの貝柱がちょっと苦手。嫌いというほどではありませんが、「おいしい」とはどうにも思えません。

ただ、まるでバラバラかというとそうでもありません。多くの人が「いい」、「おいしい」と思うモノは、やはりある程度理解できます。「日本人好み」なんて言葉があるように、遺伝子や環境が感覚・感性には大きく作用するのでしょう。
だから、ヒット曲というものも生まれてくるんでしょう。

ただ、ヒットする音楽が「いい音楽」かというと、そうとは言えないと思っています。売り方の問題はもちろんありますし、作品そのものにも、広く多くの支持を集めるのタイプもあれば、とっつきは悪くてもはまると深いタイプもあります(もちろんその中間もいっぱいあります)。大きくヒットはしなくても後者の方が世の中には影響が大きかったりもします。小生にとっての「いい音楽」はやはり後者が多いですね。

音楽業界は当然ながら常にヒットを目指していますから、前者を追求します。余裕があったころは後者にもある程度投資して、ロングセラーになってよかったみたいなこともありましたが、現代は長期不況時代ですから、特にメジャー各社は前者のみです。「いい音楽」なんてメジャー・レコード会社の中では禁句です(笑)。

『いい音爆音アワー』でご紹介する音楽は、小生が「いい音楽」だと感じるものに限っています。業界がこのような状況である以上、やはり古いものが多くなるのはしかたありません。しかし、そんな逆境にもめげず、しっかり「いい音楽」を創ってくる音楽家もちゃんといるのです。

各回のフィーチャー作品はそんな現在進行形の「いい音楽」たちです。今回取り上げる”Nabowa”も「いい音楽」をまじめに追求している、将来の音楽文化を支えてくれそうな若手音楽グループです。

 

 


【2011年8月31日】 その声は唯一無二

「ボーカリストの声に魅力がない音楽が大きく売れた試しはない」と小生は思っています。ただし一部のアイドルを除いて(彼らにとってCDはグッズです)。もちろんインスト曲も除外ですが。

声に魅力があっても売れなかったケースはいくつもあるでしょう。
でも逆はない。音楽的にいかにすばらしくても、悲しいかな声の魅力がいまひとつだと売れない。
だけど、声は変えられない。訓練によって太くなるとか、音域が広くなるとかはあるでしょうが、根本の声質そのものは変えられない。歌のうまさも、楽器のようには、訓練しても向上しない気がします。運動神経みたいなものなんでしょうね。

そこに悲劇も生まれます。音楽の才能が十分にある、やる気もある、だけど声に魅力がないので売れない、といったことが往々にして起こります。

ボーカルの魅力というものはポップスにとって、それくらい重要なんですね。

また、魅力と言っても、そこにはいろんな魅力の違いがあります。人間、顔がそれぞれ違うように、声質も一人として同じではありません。
ボーカルもひとつの楽器だと考えると、こんな多彩な音色を持つ楽器は他にはありませんね。

それと年齢的なこと。
声も歳をとるに連れて、変わっていきます。外見や体力ほど明らかではないかもしれませんが、それでも確実に少しずつ変わっていきます。歌自体はうまくなるし、声も熟成していく感じはありますが、「娘十八番茶も出花」、若いときの声はやはり瑞々しくエネルギッシュで魅力的です。歌が多少荒削りでも、それを上回る魅力を感じたりします。

人によって違い、同じ人でも時によって違う。そう考えると、今聴いているこの歌声は、この世の中で、この時にしか存在しないということです。レコードの魅力は、そのかけがえのない歌声を保存して、いつでも取り出せるようにすることにもあるのではないでしょうか。

今回は、そうやって音盤に記録された、いろんなタイプの男性ボーカリストの、唯一無二な「声」を聴きまくってみましょう。

【2011年7月20日】 「いい音」は計算できない


CDというものが世の中に登場したとき、最初は堂々と主張されていて、後にマチガイだと判明したことが2つ記憶に残っています。

一つ目は、「CDはデジタル信号を読み取って音として再生するだけだから、プレーヤーの善し悪しは関係ない。安価なプレーヤーでも充分。」というもの。
まったくそんなことはありませんでした。もちろん、デジタルからアナログへの変換(DAコンバーター)部分の性能は音に直接影響するでしょうから、それだけでもプレーヤーの善し悪しははっきりと関係があったのですが、実際はさらに、プレーヤーの重量とか、CDをトレイになるべくしっかりくっつける構造とか、アナログ・プレーヤーと同じような工夫がCDでも音質の向上に効果があることが判っていきました。

二つ目。「CDは20KHzまでしか記録できないが、人の聴覚は18KHzくらいまでしか聞こえないから、まったく問題はない」。
たしかに健康診断の聴覚検査のようなかたちで計測すると、15KHzだって聞こえにくいです。中高年はまず聞こえないと言ってよいでしょう。ですが、どうやら人間は耳だけで音を聞いているのではなさそうです。
そもそも楽器で真ん中の「A」音を出すと、その周波数は440Hzですが、440Hzの音波だけが発生しているわけではありません。もし440Hzの音波だけだと、それはピーと聞こえる信号に過ぎません。その倍、さらに倍、さらに・・・いわゆる倍音というものがいろんな分量で重なってきて、それら全体のブレンド具合が楽器特有の音色となるのです。その中にはもちろん20KHz以上の倍音もあります。その倍音だけを人は聞くことはできませんが、何か、皮膚とかで感じるんだと思います。だからCDの音と、自然音あるいはアナログ・レコードの音を聞き比べてみると、やはりCDは上に抜けるような感じが少ないのです。

おそらく当時の技術では20KHzまでがやっとだったのでしょう。それでスペックが不充分だと思われるのはイヤなので、上記の二つの「ウソ」をついた・・・とは考えすぎでしょうか。
ともかく音楽をデジタルで、0と1の羅列によるデータに置き換えることに成功はしたのですが、DNAをいくら解析しても生命の神秘を解き明かすことはできないのと同様に、人間が音楽を感じる感じ方もなかなか計算し尽くせるものではありません。

しかしながら、当初アナログには及びもつかないギスギスした感じの音がしたCDも、入り口であるマスタリング技術と出口であるプレーヤーの機能に対する工夫と努力により、その音質は格段の進歩を遂げました。
もうかなり以前になりますが、池袋にあった「イケオン」というオーディオ・ショップの試聴会で、同じ作品のSACD盤と通常CD盤を聴き比べる機会がありました。ただしCDのほうはプレーヤーがイケオン独自の改造が加えてあり、SACDプレーヤーは市販のもの。そうしたら、CDのほうがよかったのです。高音域に抜ける感じはさすがにSACDのほうに軍配が上がりましたが、全体の心地良さがどうにもCDのほうがはっきりと優っておりました。
20KHzまでという物理的な足枷があるにも関わらず、ここまでの音にできるのも、また人間のすごいところだと感心しました。

音楽にとって、「音質」とはかくも興味深いものなのに、それを気にする人が少なくなっていっている(ように感じる)のは寂しいことです。
「いい音爆音アワー」はそんな世の中をなんとかしたいと思っています。


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